smock vo/g のつれづれブログ 


by cst6480088
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カテゴリ:音楽(日本)( 36 )

2013年2月のno,1094以来、5回目となるブッチャーズに関する文章であるる。

前回ブログに書いて以降、大きな変化と言えば、吉村 秀樹さんのお亡くなりになったことに尽きる。
僕と年齢がそんなに離れていない。大変早すぎる死である。
ロックの世界で言えば40代はベテランにはなるのだろうが、実社会で言えば、40代の男性というのは、まだまだ人間的にも伸び盛り、働き盛り、これから大きな事を成し遂げる方もたくさんいらっさる年齢である。
カエサルだって40代からローマ社会の中で目に見えて頭角を表し、ルビコン川を超えたときは50歳を超えていたのだ。
・・・・話がそれましたるる。
まぁ、それはそれ。これはこれ。

まぁ、とにかく、吉村さんがお亡くなりになってブッチャーズの新しい作品が聴けぬのは個人的に非常に残念であるし、残された奥様、田渕さんの事を思うと、よく知りもしないのに胸が痛む次第ですが、、いかんせんブッチャーズはコアなファンが多いバンドでありまする。それほど熱心なファンでもない私が音楽以外のことであれこれアレするのは適当ではないでしょう。

そういうアレで今回はこの作品を聴いておりまする。
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「△」SANKAKU+2 (1999)
レーベル: MCAビクター

この作品が発売された当時にNHK-FMで放送されたライブに関しては以前2010年10月のno,1021のブログに書いたので、曲もほぼ同じなのでアレなのであるが、このCDでの大きな特徴は、俳優の浅野忠信さんが後半の2曲(ボーナストラック)に参加している事である。
浅野さんに関しては僕はよくは知らない。僕は映画をほとんど見ないし、知っている事といえば、CHARAさんと結婚していたこととか、ブライアン・バートンルイスとサファリなるバンドでアレしていたことくらい。

まぁ、それはそれとして、作品自体、本編ももちろん良いのだが、浅野さん参加の曲も良いのである。
6曲目に収めれらている「名も知らぬ星」という曲は浅野さんがメインボーカル的なアレなのだが、まぁ、歌が上手いとかそういうのはアレして、声が切なくて、よか。さすが俳優さんやなぁ(関係ないか?)というアレである。

まぁ、眠ぅなってきたので、そろそろアレなのであるが、この作品を聴いていると、ギタァの音が、なんというか、潰れて、ひしゃげて、でも切なさ溢れて、なんというか、言葉には上手くできないのだが、好きだ。

この人のギタァは本当に、よか。
歌うてる。
叫んでる。
泣いてる。
鳴いてる。

僕は音楽家の訃報等に、必要以上に感情的にアレするのは、あまり好まない。
ただ、
残された作品たちで、この素晴らしいギタァを堪能することはできるのだが、如何せん、新しい作品を聴くことは、聴く機会は、永遠に失われた事が、大変に残念である次第。
by cst6480088 | 2013-09-04 23:40 | 音楽(日本)
04年5月no,23および07年7月no,587、10年12月のno,1021以来4回目のブッチャーズについてのブログである。

サニーデイ・サービスが大好きで、彼らが亡き者にしたくて仕方ない1stも含めて作品は全て持っているし、ライブも何回も見に行っていたが、今ではもう聴くこともない。なにしろ、解散してもうたしね。

フィッシュマンズが大好きで、大学生の時に野母崎の砂浜でFM長崎主催のフリーライブを、ちょうど名盤Neo Yankees' Holiday(93)を発表した頃の大化けする少し前のフィッシュマンズを見て、その後も作品はリアルタイムで買うて、福岡まで何回も見に行き、LONG SEASONの幻想的で奇跡のようなライブ演奏を生で体感したりしたのであるが、今では思い出したように時々しか聴かない。なにしろ、佐藤さん、亡くなってもうたしね。

そういえば、フィッシュマンズ後期のライブで素晴らしい演奏を聴かせてくれた女性バイオリニストの方も07年にお亡くなりになっているのですね。寡聞にして知りませんでした。合掌。

そして、ブッチャーズであるが、以前にも書いたが、最初に聴いた時の感想は、率直にいうて、「歌が下手だねぇ」ってものだった。
今でも、正直に言えば、歌が上手だと思うたことはない。

I've never looked for answers in a song
僕の大好きなTeenage FanclubのFear Of Flyingという曲の一節である。93年のアルバムThirteenに収録されている切ないメロディのミドルテンポのロックナンバーである。
僕はこの曲が好きでよう口ずさんでいた。
あるとき、歌詞が気になって、ようと見てみたら、「歌の中に答えを探さなかった」・・・要するに、「歌に答えを求めるんじゃない」ってなことか、ははぁ~ん、ほほぉ~んと、何となく腑に落ちた。

僕は昔から折りに触れて言うてるし、思うてることがある。
みんな、過度に歌に思い入れを持ちすぎではないか?
・・・・ってな事である。
もちろん悪いことではないし、それで人生が救われたなどアレな思いをしたことがある人がいるのも、承知の上である。
でも、時々、違和感を覚える。

どんな音楽が好きなの?・・・・って質問をしたときに、それは音楽=歌である場合が往々にしてある。みなさんも心当たりあると思いまする。
まぁ、「俺は、私は、違うぞ!違いますわよ!」ってな方もいらっさる事ももちろんあるでしょうが、上記のような場面というのは、誰しも覚えがありませんか?

まぁ、なんども言うがそれが悪いわけではない。自由、まさに自由である。しかし、されど自由、なのである。
要するに、何が言いたいかと言うと、歌をあまり重視、意識的にか無意識的かいろいろあるけれど、とにかくそういうアレしてしまうと、それ以外の音楽の大事ないろんなアレのアレが、アレになってしまわないか?音楽を自由に聴いているようで、実はけっこう「不自由に」聴いてやしないか、しまいまいまいか・・・という個人的なアレなのである。

・・・・何が言いたいのか、分かりませんか?
・・・・僕も若干、分かってません。

にんげんだもの。

そして、ブッチャーズである。
そろそろ本題に入りたいと思いまする。
歌が上手ではないブッチャーズ、僕は最初はこの歌唱法?と声があまり好みではなく、ろくろく聴いていませんでした。
まさに「聴かず嫌い」だったと今では思うてますし、まぁ、客観的には、それで人生損した訳でもありませぬ。
しかし、周りの(非常に少数の)友人たちが好んで聴いて話題にしたりしているうちに、僕もだんだんと聴くようになりました。そして、極めつけがno,1021のブログにも書きました99年のNHKライブビートであります。これを聴いて以降、ブッチャーズの演奏の虜になりました次第。

今回のブログの冒頭に書きましたサニーデイ・サービスにフィッシュマンズという日本の90年代のメジャーどころの優秀なロックバンドは、今では聴きません。
しかし、同じく90年代のあんまりメジャーではない、一部では熱烈に支持されていましたが、とにかく一般的にはメジャーではない、なかったブッチャーズは、作品を出し続けているということもありましょうが、年を重ねた現在でも、10数年前と変わらず僕の耳を楽しませてくれる数少ない日本のロックバンドなのでありまする。

久しぶりにブログを書いたら、疲れてもうた次第。

ちなみに今回アレしたかった作品はブッチャーズの01年のアルバム「yamane」であります。
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田渕ひさ子さん加入前のブッチャーズのギタァサウンドのアレのアレがいかんなくアレされた作品なのでありますが、もう、ねむ。眠いです。

ちなみに、3月10日にはsmock久しぶりのライブもアレされているのですが、それはまた次回にお知らせいたしまする。
by cst6480088 | 2013-02-24 00:28 | 音楽(日本)
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夏のぬけがら
CD (1989/11/21)
レーベル: トライエム


ひとっこ ひとり いない よる~♪
オートバイが はしっていく~♪
シートのうえは からっぽでぇ~♪
だれにも あやつられちゃいなぁい~♪

こころを かくして きたんだ~♪
こころを かくして きたんだ~♪
オートバイが はしっていくぅ~♪
ただもう はしって いくんだぁ~♪

真島昌利の89年の1stソロアルバム「夏のぬけがら」の1曲、タイトルはまさしく「オートバイ」である。
この作品には他にも「風のオートバイ」という曲が入っている。
ブルーハーツで言えばヒロトさんはバイク乗りとして比較的有名であり、バイク雑誌の表紙を飾ったりしていたが、マーシーもバイク乗りなのであろうか?・・・寡聞にして僕は知らない。まぁ、でも好きなんだろうな。

何年経っても、大人になっても、歳くうても、いろんな物事にすり減らされて、いつも間にやらとげとげした部分は角がとれちゃって、その代わりにいろんな物事の意味が分かるようになって、その分、優しくなってしもうたような気がするようになっても・・・・・ずっと忘れられない音楽作品、いつまでも聴き続ける、もしくはふとした時に頭の中で鳴り始める作品というモノは、ある。

まぁ、昔のロック雑誌風に言えば、「無人島に持っていきたい3枚のレコード」っていうようなアレだな。
僕の場合は洋楽で言えばまず1枚はDAVID BOWIEの72年の作品「HUNKY DORY」、そして邦楽で言えば、この真島昌利の89年の「夏のぬけがら」である。
どちらも18~19歳の頃に初めて聴いて、今でも好きな作品である。

ふと気づけば2つともロックでもパンクでもない。
ボウイで言えば60年代ポップスに憧憬をアレした作品らしいし、マーシーのこの作品にしても、当時人気絶頂のブルーハーツのギタリストとしてはアレな感じに受け取られかねないフォークアルバムである。まぁ、友部正人さんも参加していることからも分かるようにマーシーはフォークも好きなんだろうな。

さて、このところ長崎は陽気も良く、通勤もバイク、週末もバイクで遊ぶのが好きな僕にとっては、非常に嬉しい季節である。5月の爽やかな、爽やかすぐるるるるる風を受けて、バイクをぶぶぶとするのは、とても、素晴らしく、心地よいモノである。

そういう時にふと口ずさんでしまうのは、このマーシーの「夏のぬけがら」の曲たちが多いのである。

ほんでもって、以前にも書いたことがあるし、あちこちで言うてたりもしているのだが、僕は歌詞に重きをおく性分ではない。

まぁ、歌うのは好きだし、若い時分はデヴィッド・ボウイの歌詞を一生懸命覚えたりしたりしなかったりしたのだが、Teenage Fanclubが90年代初頭の作品で「歌に答えを求めるんじゃない」ってな事を歌っていて、本人達はそれからもずっと歌のある楽曲を作っているところをみると、大して意味はないのかもしれないが、「ああ、そうかもしれん。音楽=歌(歌詞)というような風潮は、歌(歌詞)に重きを置きすぎるのは、一度自分の中で整理して音楽に向き合った方がよいかもしれん」と考えたり考えなかったりして、そこからだんだんと歌というものに対する僕の姿勢は変わってもうたのである。

人間、歳を重ねればいろんな書物を読み、また経験を通じて、いろんなことを学習する。
まぁ、歌詞に人生のお手本を求めたり、共感や優しさなどを求めたりするのは間違ってはいない。
それが必要な人もいる。まぁ、歌ではなく歌手をアイドル視する場合もあるのだろうが、それも本人が必要とするのだから、自由なのだ。
しかしそういうものは、歌でなくとも、全くかまわないと言えば、かまわないとも言える。
あまりに歌に重きを置くと、音楽が、そして歌そのものが、不自由になりはしないか?
歌そのものを「音楽」として自由に楽しんでもええのではないか?とも思うのである。

まぁ、そういうことを言うてみたりしたりしなかったりする。

まぁ、そうやってご託を並べてみても、それも人それぞれ。
たまたま僕は歌というか、歌詞がピンとこない場合が多いだけかもしれぬ。
僕が偏屈な人間なだけかもしれぬ。

まぁ、そうは言うてみても、マーシーのこの作品は歌が、メロディが、歌詞が心にしみるものが多い。
冷静に、客観的に見れば、真島昌利さんは歌唱力のある歌い手では、ない。
ざらついた声を張り上げるように歌うアレは、ちょっと独特で、それだけで受け付けない方もいるだろう。
でも、マーシーの歌声を僕は好きだ。高校生の時に「チェインギャング」を、目を見開き、コードをかき鳴らし、が鳴り立てるように歌うブルーハーツのマーシーをテレビで見てから、ずっと好きなのだ。

そして、歌詞も、僕にはグっとくるくるきまくりやがるアレが多いのである。
この作品のマーシーは心情をあまり吐露しない。その代わり情景、風景を歌詞で扱う。
ラブソングにありがちなのが、過剰なまでの心情吐露であるが、そこに共感して「分かるわぁ」っていうのも良いのだが、あまりに説明的な歌などもあったりして、「あなたの歌は恋愛小説や、恋愛ドラマの代用品なのですね?」っていうようなアレには、個人的にはうんざりなのだ。
まぁ、これは僕が野郎だからかも知れぬが。

そう、野郎と言えば、マーシーのこの作品では、あちこちあちこちから「少年性」が滲み出ているのである。
だから野郎である僕には、ええ大人のくせにガキな部分も否めない僕には、ピンとくるのかもしれぬ。
そうだ、そういうことにしておこう。

マーシーの歌は少年の時の一場面を、自分に身に覚えがないようなアレでも、バキっと頭の中に浮かび上がらせ、言いようもない過ぎ去ってしまった少年時代を思い出して、胸を苦しくさせるアレで、僕のようなくるくるめがね野郎の心もグっと掴む。

華やかなアルバムでもないし、お上手な歌が聴けるわけでもない、ましてや女性には理解できないような世界観であるかもしれない。
まぁ、でも、万人に受け入れられるものが僕にも受け入れられるものかどうかは、全くの別のアレである。
だから、僕はマーシーの作品をこれからも折りに触れて聴いたりするし、口ずさんだりするのだろう。
僕には死ぬまで大切な作品でありつづけると、いうことだ。

by cst6480088 | 2012-05-12 02:54 | 音楽(日本)
あまりにも突然に 昨日は砕けていく それならば今ここで 僕ら何かを始めよう 僕ら何かを始めよう

僕は歌詞をそのまま日記やブログなどに転載するのを好まない。
著作権うんぬんかんぬんで言えば、そのような行為は著作権侵害にあたるからだ。

だが、しかし、今日届いたブルーハーツのメジャー1stの1曲目「未来は僕等の手の中」のこの歌詞は今の僕らにこそ必要なアレだと思うので、僕の今までの主義を曲げてあえて掲載する。

何かを 始めなくては いけない。

そのように思うからである。

僕らは 泣くために 生まれてきたわけじゃないよ 僕らは負けるために 生まれてきたわけじゃないよ 生まれてきたわけじゃないよ

未来は僕等の手の中」の最後はこのように歌うて終わる。

今のレコーディング技術で言えばバカみたいにデモテープレベル (まぁ、当時としてもアレだろうが)の録音に、シンプル極まりない演奏であるが、音楽とは、ロックとは、これでいいのかも知れない。

友人・知人の何人かもそれぞれのできることを始めている。
そんなに大それたことはしなくても良いのかもしれない。
自分にできることは何かあるはずなのだ。

by cst6480088 | 2011-03-14 23:34 | 音楽(日本)

「rega #2」no,1024

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Million
CD (2009/4/8)
レーベル: colla disc

このブログでは2回目の登場(2010年5月ブログno,977参照)のregaでありまする。

前回regaについて書いた時も褒めまくった次第でありまするが、やはり今回も褒めまくりたい次第でありやがるのでありまする。

実は先日、1月14日(金)に長崎のBe-7にregaのみなさまがライブに来られました。
私めは、昨年にregaを知ってからは、大変に気に入りまして、我がsmockメンバーに勧めたり、「日本のバンドでは何が好きですか?」などと聞かれようものならば「regaでございまする」と自信を持って答えたりする、39歳くるくるめがねとしては、落ち着きのないアレのアレであったので、ありまする。
そうこうしているうちに昨年の秋に新譜が出た際には、FM長崎が世界に誇るロックDJmarkがパワープッシュであるところの「スマイルカッツ」にアレしてくれたりして、長崎県内中に毎日regaが流れるという嬉しい状況となりました。
もちろん私めもこの新譜は買うた次第でありまするが、今回のブログではあえて09年発表のMillionでありまする。

このCDはregaの作品で唯一私が持っていなかったモノでありまするが、今回、中学1年生の息子とともに、ライブに行った際、執拗におねだりして買わされたのでありまする。
そうでございます。私めの13歳になる長男は昨年に息子用のウォークマンを買い与えてからは、アレやこれやと私のCD棚にあるCDを聴き初めまして(ちなみに幼少時はPAVEMENTやダイナソー・Jr.が子守歌替わりでありました)、私のCD棚は輸入盤がほとんどで日本の音楽家は比較的少ないのですが、その中で息子が気に入ったのはregaやtoe、そして百景など日本のインストものがアレのアレでありました。父親としてはtera melosやBY THE END OF TONIGHT、UNWED SAILOR、EXPLOSIONS IN THE SKYなどのUSの優れたインストバンドも聴いてほしいモノでありますが、まぁ、できればshellacも・・・というのはアレでしょうが、それは長男の自主性を重んじる次第で正解でありましょう。

まぁ、そんなこんなのアレのアレで当初は一人で行くつもりであったregaのライブに息子も行きたいというので、一緒に行ったのであります。
息子は私のバンドであるsmockのライブは来たことがありますが、父のように自由音楽家ではない職業音楽家のライブを見にライブハウスに行くというのは初めてのこと。少々興奮気味でありました(しかし、ライブ会場では父親の友人・知人の前でもじもじしておりましたが)。

そして、regaのライブ、もう、それは期待十分以上、大変に素晴らしいモノでありました。
私は前方まで行って体をゆらゆら揺らしながら、時に目を閉じて音の一つ一つに酔いしれました。まぁ、インストバンドもいろいろありまして、toeのように(youtubeで見ただけですが)座って演奏する方もいらっしゃいますが、regaの皆さんは動きまくりで、動きまくりの割には演奏のミスタッチも少なく、非情に感銘を受けた次第でありまする。

ライブ中は気づきませんでしたが、息子も音楽に合わせて体を動かしていたらしく、regaが終わった後は「お父さん、疲れた。足も腰もだるい」と言う始末。確かに、オールスタンディングというのは、初めての人にはなかなかアレできついモノがあるのでしょうね。いつも思うのですが、ライブハウスでは僕様なアラフォーの人間や、体の不自由な方のためにもう少し椅子席もアレしてもらえると助かるなと思う次第でありまする。

まぁ、そういうわけで、親子ともども初めてのregaのライブに大変に満足しておりまして、息子はCD物販のところにある我が家にはない作品を執拗にねだりまして、「もう2枚はregaのCDはあるやん。お父さんはアレだぞ?お前の分のチケット代やドリンク代、アレやこれやで財布が寒いんだぞ?」と言いはしましたが、私も聴いてみたかったので結局買うた次第でありまする。
そして、物販のところにいたregaのベースに方にCDにサインをお願いしたところ、わざわざメンバー全員を呼んでいただき、息子の名前入りでCDにサインを頂いた次第。まことに感謝でありまする。

帰宅後は親子ともども買うたCDをそれぞれのウォークマンに転送し、鑑賞しておる次第でありまする。

ちなみに、帰り道で息子が言うには「toeや百景も来てくれないかなぁ・・・」ってこと。
私も来てほしいですが、その分は我が小遣いを節約せねばと思う次第でありました。


by cst6480088 | 2011-01-16 10:00 | 音楽(日本)
購入したCDについてブログを更新すると書いたアレでアレなのであるが、どうにもこうにも素晴らしいアレのアレをアレしたので、そちらについて書きたい次第である。

bloodthirsty butchers についてである。
ブッチャーズについては04年5月no,23および07年7月no,587で書いた以来なのでずいぶん久しぶりであるが、日本のバンドで僕が大好きなバンドの数少ない一つである。

そして、今回はいつもと違いCDについてではない。99年6月にNHK-FM「ライブビート」で放送された彼らのライブについてである。
僕は当時、ブッチャーズをまだあんまり良く知らなんだ。周りのごく一部の友人、具体的には当時僕がベースを弾いていたカセットメンのメンバーの奴らなのであるが、彼らが大好きだというので、ちょこっと聴いたことがあるくらいであった。まぁ、当時の印象は「なんて歌が下手なバンドであろうか」というくらいのモノであった。

まぁ、でも、ブッチャーズは演奏がすこぶるカッコよく、気になるバンドではあったので、このNHKの放送もミニコンポでMDにタイマー録音した次第であった。
しかるに、このライブ演奏というのが、とにかくすごい。

現在のブッチャーズは元ナンバーガールの女性ギタリストが加入しているのはロックファンの皆様にはアレな事実であろうが、この当時のブッチャーズはまだ3人組で、そしてナンバーガール自体もまだメジャーリリース前、元ヴィーナス・ペーター(実はけっこう好きなバンドであった)のベースの古閑さんが運営されているインディレーベルKOGA Records からミニアルバムか何かを出した頃でまだまだ大きな人気が出る前であった。

ネットで調べてみると、当初このライブ放送はブッチャーズとゆらゆら帝国の2組で収録される予定であったのでそうである。しかし事情によりゆらゆら帝国は出演できず、代わりに出演することになったのがナンバーガールなのだそうである。

ということで、この日の放送はブッチャーズとナンバーガールの2組のNHKスタジオでのライブ演奏が放送されたのである。スタジオライブ演奏を放送するというのはピール・セッションみたいであるが、古閑さんがそのことを意識しているのかどうかは知らぬが、ロックファンとしては素晴らしく貴重で嬉しい番組である。NHKだからCMもないしね。

さて99年当時のブッチャーズと言えば、ミニアルバム「△」を発売、ブッチャーズ初のトリビュート・アルバム「We Love butches」のインディ盤・メジャー盤のWリリース、および名盤の誉れ高いアルバム「未完成」の発売と非常に脂の乗り切ったリリースラッシュの年である。
そしてこの日のライブは「△」収録の曲を順番に演奏するという嬉しい内容であった。なぜならば、当初「△」は限定発売で(今は再発で買うことができる)買えるのか買えないのかも分からず、僕のような当時はまだ熱心なファンではなかった者にはアレのアレでちょうど良いアレだったのである。
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しかるに、そのブッチャーズのライブ演奏というのが本当に凄まじいモノであるのだ。
1曲目の「襟がゆれてる」、これやる前にギタァの吉村さんが遊びのようなアレのアレなギタァをつま弾くのであるが、ここからもう雰囲気ありまくりのイカすギタァを聴かせるのである。そのあと吉村さんがちょいとおしゃべりして「襟がゆれてる」の演奏が始まるのであるが、もうここから感涙・号泣・渚にて泣きまくりのブッチャーズワールドが展開されまくるのである。

ちなみに曲順は
1、襟がゆれてる
2、ファウスト
3、6月と列車
4、ハシル
5、bloodthirsty butchers
6、△
7、時は終わる
以上7曲である。

もう、なんというのであろうか、実はこの後も何年か後に「ライブビート」に出演するのであるが、その時の演奏も全然悪くはないのだが、この99年の時は音のバランスから何から僕好みでアレのアレで素晴らしい。特に、ギタァサウンドに特徴がありや、と思われるブッチャーズもリズム隊は半端なくカッコよくこの時のライブの録音はベースとドラムがグッと前に出ていて迫力満点なのである。

・・・・ここまで書いて思うたが、こんなに力説しても、CDでこのライブが発売されている訳ではないので、アレのアレであるな。

まぁ、何ゆえ今回はこのような上ずった落ち着きのない駄文(まぁ、いつもそうだが)になったかというと、先日ウォークマンを容量が大きいモノに買いなおしたのである。
そして、今まで持っていたヤツにはないパソコンを使わない外部入力の録音機能というのがアレされていて、専用の接続コードがあればパソコンを使わずにミニコンポからMDなどの音を録音することができるということに気づいたのである。
ほんでもって昔聴いていたMDもウォークマンで聴きたいなぁって思い、ヤマダ電機でウォークマン用の接続コードを買うてきて、まず最初にこのブッチャーズのライブを録音して聴いてみたら、ものすごく良く良く良くて繰り返し聴いている次第なのである。

ああ、ブッチャーズのライブが見たい。
また長崎に来てくれないだろうか?

by cst6480088 | 2010-12-30 01:43 | 音楽(日本)

「little phrase #1」no,985

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LANDSCAPE
CD (2009/9/16)
レーベル: NOVEL SOUNDS

曲がために演奏があるのか?演奏がために曲があるのか?
曲があって、演奏があるのか?演奏があって、曲があるのか?
然るに、曲>演奏、曲<演奏、曲=演奏、ロック音楽なるものを表現する音楽家の中の精神において、この比重・バランスはいかなるものか?また、このようなことを考えること自体、無意味なのか?

まぁ、このようなことは音楽を聴く側、聴衆として考えるならば、どちらでも良いのかも知れぬ。
結局、僕が音楽を仲間と共に創作し、演奏するものであるから、このようなことを考えるかも知れぬ。
しかし、little phraseの音源を聴いていると、そのようなアレのアレなことを考えてしまわざるを得ないのであった。

little phraseは、先日共演した山口県のバンドである。ライブでの彼らの演奏は非常に抑揚が効いていて、すぐにマーシャルの3チャンネル、いわゆる「歪み」のチャンネルを未だに使いたがる僕とは違い、非常に音楽家らしい演奏であった。要するに、自分たちの「曲」における自分の「役割・立場」というものを意識したと思われる美しい演奏だったのである。

そして、ただ今は彼らの音源・CDを聴いている。共演者のCDを聴くというのは、遠くの身も知らぬ外国人のCDを聴くことが多い僕のような輩からすれば、なにかと自分と比較して考えてしまうことがあるのである。やはり良い作品を聴くと、競争しているわけではないが、こちらもやる気が掻き立てられるのである。
まぁ、そのようなアレで、彼らの演奏を見て、聴いて、感じたのが冒頭の文章に書いたことである。

まぁ、このようなことは、それぞれの立場によるのかも知れぬ。
同じ「音楽家」といえども、「作曲家」であるのか、「演奏者」であるのか?はたまた「歌手」であるのか?・・・そのどこに精神の比重を置いているのか、この立場の違いによりバランスは変わるのではあるまいか?・・・まいか。
まぁ、とにかく僕の場合は自己主張が強い音楽家であると自覚しているが。

通常、職業音楽家の場合は、「作曲家」だけというのもあるし、「演奏家」「歌手」だけというのも当然のごとくある。しかし、わたくしども自由音楽家においては、自作の曲を自分で演奏するという場合の方が多いであろう。

ちなみに、このような話をする場合の僕の中の勝手な前提条件であるが、純粋に個人の趣味で他人の曲を「コピー」で演奏するという方々は排除して考える。
非常に偏屈な考えと言われるかもしれないが、僕は、コピーバンドは他人の曲を、「金(チケット料金)をもらって」人前で演奏すべきではないと考えているからである。

特にロックミュージックと言われる音楽は!
自己の表現を追求せずにロックなどと語るなかれ!


まぁ、それはいい。話が横道にそれた。

然るに、わたくし自身を振り返ってどうでありましょうや?
わたくし、39歳くるくるめがねは「作曲家」であるのでありましょうか?

以前の僕であれば、ギタァのコード進行を考え、メロディ・歌詞も考え、頭の中の全体のイメージを元にバンドのメンバーにあれやこれやとアレして、曲を創作しておりましたが故、「作曲家」であるかと問われれば、「ある部分においては是でありまする」と言うことになっていたのでありましょうが、「ある部分」と言うのは、自作の曲を自分で演奏するという意味において、「作曲家」というよりも、わたくしは「演奏家」もしくは「歌手」であるということも意識していたという意味であります。

然るに、現在のわたくしは如何なものでありましょうか?
現在のsmockの曲の創作スタイルと言うのは、だいたいの場合において、ギタリストである二人のどちらかのギタァのリフから、ドラムとベースも加わり、各々がイメージを膨らませ、各々の感性に基づいて演奏を作り上げていくのでありまする。たまには、ドラムのリズムから、ベースのラインからということもありまする。まぁ、要するに特段の決まりごとと言うものはありませぬ。

曲の中での「ここをああしよう。アレをああしよう」と言うのは、以前であればわたくしからの発案が多かったのでありますが、現在はそうでもありません。まさに、各人が各人の感性を持って曲を共同で作り上げていく。その意味においては我がsmockには「作曲家」という個人は存在しておらず、「作曲集団」というのが正確な表現であると言えまする。

そして、わたくし個人で言えば、little phraseのように全体のアレを配慮して音を紡ぎだしているかと言われれば、胸をはって「応ぅ!」とは言えぬアレであるなということである。要するに自我が強い、分かりやすく言えば「俺が!俺が!」という部分が39歳の今となってもまだまだあるなと言うことである。まぁ、それが僕の表現であるといえば、そうだとも言えなくもないが。

ああ、little phraseのことにはほとんど触れないで、かような自説を主張する長文を書いてしもうた次第。

ただ、言い換えれば、彼らの音源、ライブはそのようなことを考えさせるほどに、「音楽」に対する真摯な姿勢が見て取れたということでありまする。

by cst6480088 | 2010-07-14 20:35 | 音楽(日本)

「rega #1」no,977

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RONDORINA
CD (2008/7/2) ASIN: B0019N1RKY

やばいです。やばやばやばばばばばです。
このCDは今年の初めに買ったのですが、初めて聴いたときも結構なアレのアレで、興奮のあまりsmockのメンバーに奨めまくったのでありまするが、アレから何ヶ月も過ぎた今でも、やはり何回聴いても良い音源でありまする。

regaは「愛媛出身の東京で活動するGt×2、Ba、Drの4人編成プログレッシヴ・ジャム・バンド」(オフィシャルhpより)らしいのですが、「プログレッシヴ・ジャム・バンド」という括りは良く分かりませぬが、枕詞は必要なく素晴らしい演奏を聴かせてくれる音源であることには間違いございません。ぜひ皆様にもこのバンドを聴かれることをお勧めいたす次第であります。

ちなみに、プログレッシヴとは本来、「先進的」・「前衛的」というような意味らしい。ジャムとはジャムセッション (a jam session) 、本格的な準備や、予め用意しておいたアレンジを使うことなしに、ミュージシャン達が集まって即興的に演奏することだそうだ。(両方ともウィキペディアによる)

上記のような意味を踏まえると、regaを指しての「プログレッシヴ・ジャム・バンド」というのは言いえて妙と言える。そして、僕の感想としては、リズム隊はファンキィなアレのアレですが、その上に被さるギタァは90年代以降のポストロック、マスロックのアレのアレを感じさせるアレであります。ポリリズムの使い方もさらりとしつつもカッコいい。ちょうどいい、ちょうどええ(二丁拳銃な感じ?)感じ。いやらしくないポリの使い方というか、体温高めの演奏にすんなりスパッとハマッておりまする。

ただ、一つ、難点と言うまでのものではありませぬが、ミックスの仕方がちと僕にはアレであります。それは2本のギタァが左右にパックリ割れすぎているのあります。
僕の音楽の鑑賞スタイルはウォークマンでありまして、必然的にヘッドホンであります。そこでギタァが右左にパックリ割れすぎていると、ちょっとアレなのであります。

みなさん、ライブのシーンを想像してください。バンドでギタァが二人いるとします。しかし、ライブ会場ではギタァが左右の耳に1本ずつ聴こえてくることはないでしょう?
これは僕の全くの個人的な嗜好ですが、音源でもライブのような生々しさを求める部分があるのであります。それが、左右にパックリ割れてギタァが聴こえると、演奏としては非常に非常に分かりやすいのですが、ちょっとアレなのであります。例えば右のギタァであれば右に7から8、左に2から3ぐらい、左のギタァであればその逆と、そのようなバランスにミックスしてもらえると個人的には良かったかなぁと思う次第です。ちょっと、偏屈な意見でありますな。まぁ、このようなことはあくまでもヘッドホンで聴く場合であり、ステレオセットやカーオーディオで聴く場合は関係ないのでしょうが。

まぁ、重ねて申し上げますが、上記のことは僕の音楽鑑賞スタイルの問題であり、そのことを持ってこの作品自体の評価、regaというバンド自体に対する評価・感想が変わるわけではないことも付け加えておきまする。

今日は久しぶりに繰り返しこの作品を聴いておりますが、本当に良い作品、演奏家集団だと思う次第。
みなさまもぜひお聴きになることを。



by cst6480088 | 2010-05-26 23:32 | 音楽(日本)

「灰野敬二 #1 」no,969

明日 アルファベットが、消えてしまいますように
CD (2009/2/11)
レーベル: FULLDESIGN RECORDS
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コマーシャリズム
今日ラジオでいきものがかりの曲を聴いた。彼女らの曲は僕にはちょっと子どもっぽすぎるのであるが、僕の好みとは関係なく、彼女らは世の中に大変に受け入れられているようである。
そして、僕が、彼女らの曲を聴いて頭に浮かんだのは、コマーシャリズム
商業主義が一概に悪いとは思わない。金を稼ぐこと自体は単純に悪ではない。ある意味程度の問題であり、音楽家で言えば、音楽に対する姿勢の問題であり、良し悪しではないのである。

アンチコマーシャリズム
今回のネタは灰野敬二と藤掛正隆によるデュオのライブ音源第1弾だそうである。
ドラムはかっこいい。聴き方によっては普通にロックである。しかし、その上にかぶさってくる灰野さんのギタァがこれはそれはアレのアレなのである。
何事もやりすぎの人を見ると、笑いが出てくるものであるが、その意味においては笑いが出る演奏である。
僕はときどきノイズギタァがどうこう言うが、灰野さんに比べたら、僕のノイズなど甘ちゃんだなと思い知らされる次第である。
表現芸術に、やりすぎの文字はいるのか?場合によっては、いらないのではないか?やりすぎてナンボの世界もあるのではないか?ということを、この音源を聴くと考えたりするのである。
はっきり言えば、万人に受ける音楽ではない。さっきのいきものがかりと比べると、徹底的にアンチコマーシャリズムである。

表現者としては、いきものがかりよりもどうしても灰野さんに惹かれてしまうのは、僕が偏屈な音楽愛好家であることの証左かも知れない。






by cst6480088 | 2010-02-24 00:11 | 音楽(日本)

「toe #3」no,955

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For Long Tomorrow
CD (2009/12/9)
ディスク枚数: 1
レーベル: スリーディーシステム

全く世の中には面白く聴きたくなる音楽家が多いものである。

最近面白くないなぁ。なんか面白いことないかなぁ?」というようなことを言う人がときどきいる。何故か年長者からは聞かないセリフである。年配の人はもう人生に慣れきってしまって、そんなに刺激を求めていないからだろうか?若者は刺激を求めたがるからだろうか?
まぁ、とにかく、そのような面白いことを求めている人は、とりあえず日常に退屈しているということであろう。ある意味、平和な証拠である。戦時下にある国などでは、自分の命を守るほうが先決で、そんな事を言うてる場合じゃないだろうから。

毎日が面白くないのは、自分の身の回りや世の中のせいではなく、自分が面白くない人間だからである
要は物事の見方の問題である。
以前にも似たような事を書いたが、これは僕が38年間生きてきて実感できた事の一つである。
世の中には良い意味でも悪い意味でも、たくさんの興味深いことに溢れている。面白いもしくは興味深いことは少なからずあり、「面白くない」と感じるのは、それに気づかないだけの話で、言い方は悪いかもしれないが、「視野が狭い」ということであろう。まぁ、もちろん、メンタル的に弱っていれば視野が狭いなどという問題ではないのであろうが(そのような場合は、場合によっては心療内科などに行くことをお勧めする。自分の経験上、メンタルの不調の時に病院に行くことは病気にならないためにも大事なことだと感じている)。

さて、toeの新譜である。
toeに関しては、06年4月のno,251と07年4月のno,484でも書いたから3回目ね。

先ほど書いたことと矛盾するかもしれないが、僕も「面白くない」と感じる時は多々ある。
そりゃそうさ。にんげんだもの。
そのような時に僕を助けてくれるものの一つ、重要な一つが音楽である。音楽を聴いたり、バンドでギタァを演奏したりすれば、楽しい気分になれることが多々ある。それが人によっては映画やテレビだったり、本だったり漫画だったり、スケベなことだったりしたりしなかったりするのであろう。

久しぶりのtoeの新作。今回も期待に違わぬ出来である。羨ましい程に創造力演奏力に溢れたバンドである。
相変わらずの「手数王」なドラム。抑制が効いた中にも色気漂うギタァ。音数は少ないがツボを抑えたベース。非常に聴いていて気持ちよい。ああ、気持ちよい。

ご存知の方はご存知のことであるが、toeのメンバーはそれぞれ前バンドがDoveReachpopcatcherと、音楽のスタイルはちょっと違えど日本のロック好きにとってはそれなりにアレのアレだった素晴らしいバンドで活躍していた方々である。 しかも最近まで気づかなかったのだが、メンバー4人中3人がvoもされていた方々である。
そのような人々がそれまでの音楽スタイルを大きくシフトチェンジし、歌もないインストロックバンドをやっているのである。まぁ、なんとも非常に興味深い話ではないですか。

まぁ、そのような薀蓄云々はアレとしても、久しぶりのtoeの新譜、じっくり楽しませてもらう次第であります。


by cst6480088 | 2009-12-30 23:09 | 音楽(日本)